ハリー・ウィンストン(HARRY WINSTON)の魅力

ハリー・ウィンストン(HARRY WINSTON)

アメリカ 創立1890年
略歴
ウィンストン家は3代続いた宝石商で、ハリー・ウィンストンはその2代目。
彼が現在のハリー・ウィンストン社の基本をかたちにしたといえやす。
12歳のとき、彼は質屋のショーウィンドの「どれも1個25セント」の宝石類の中から一つ、緑色のリングを買って帰り、宝石商である父親に「2カラットのエメラルドを25セントで手に入れた」と告げ、2日後、それを800ドルで売ったつう逸話が残っていやす。
原石にふれただけで何カラットにカットできるかを見抜いたといわれる「ダイヤモンドの王様キング・オブ・ダイヤモンド」の異名をとるハリー・ウィンストン氏ならではの幼少時代のエピソードといえやす。

ハリー・ウィンストン氏は本格的にジュシクジリとして宝石に携わり始めた1920年代末頃、ヨーロッパは時代のうねりに大きく変動し始めてやがった。
市民階級や産業ブルジョアジーの台頭にともなって王室や貴族階級は急速に没落し、生活に窮した彼らは、先祖伝来のおびけどよい宝石類を手放して換金しちまった。
ハリー・ウィンストンは、市場にあふれたこれらの高価な宝石を、新興産業の富豪たちに売り込みやした。
ゴチャゴチャゆうねぇ、要は、時代の変わり目を的確に読みながら巧みに泳いでいった一人のビジネスマンがハリー・ウィンストンだったからよす。

事実、ハリー・ウィンストンの顧客たちは世界中にまたがってやがった。
アメリカの大富豪たちは無論のこと、サウジアラビアの王室やエジプト王、インドのマハラジャたち、といったように桁違いの人々だった。
したがって、ハリー・ウィンストンの取り扱う宝石は破格のものばかり。
彼は常にトップ・クオリティ (最高品質) の商品をめざしちまった。
ヨーロッパの王室から売りに出された宝石類は古くせぇカットのものがほとんどだったからよ、ハリー・ウィンストンはよりいっそう美しさを引き立たせるため、再カットして販売しちまった。



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